正式なファミリー 引越
ファミリーでの引越は、単身と比べて部屋数や荷物も多い上、その荷物の中には、大切な家具も含まれていますので大変です。
小型のモーターが大量生産できるようになる以前、電気掃除機、電気冷蔵庫、電気洗濯機などはすでに存在していました。
あったけれども、それらは非常に大型でした。
だから洗濯屋さんの電気洗濯機であり、大きな食品倉庫のための電気冷蔵庫であり、大きなビルなどの掃除用の電気掃除機だったのです。
なぜそんな大型しかなかったかというと、小さなモーターが生産できなかったからです。
大きなモーターしか製造できなかった。
小さなモーターをつくって能率よく回すためには、精密度が高くなければならないし、それからいろいろな電気上の工夫がいります。
その小型モーターが出現したために、ちょうど、真空管がトランジスタになり、トランジスタが集積回路になったのと同じような効果を、当時もたらしたのです。
小型モーターが大量生産されたために、掃除機、洗濯機、冷蔵庫、みないっぺんに家庭の中に持ちこまれて、アメリカで家庭電化が始まりました。
バッテリーと小型発電機それが自動車にもまったく同じように、正確には家庭電化に先立って第一次世界大戦中のアメリカに持ちこまれたのです。
実はバッテリーは一九世紀の後半から存在していて、バッテリーで走る電車がすでにありました。
もちろんそれは小さい鉱山用や軽便鉄道などに使われたのですけれども、自動車には使われませんでした。
なぜかというと、バッテリーの充電に時間がかかるからです。
バッテリーがあがっても、電車であれば車庫に入って充電して、そのあいだに別の電車が出て行けばいい。
しかし自動車の場合、一人がプライベートに個人的に乗っているのですから、バッテリーがあがってしまったから充電しましょうといっても、何時間も待っているわけにいかないでしょう。
つまり自動車のなかでバッテリーを充電する方法がなかった。
ところが小型モーターができるようになったのですから、いまはどの自動車にもついている小型発電機もできるようになりました。
それで自動車の走行中にバッテリーの充電が可能になり、電気火花の電気もバッテリーから出せるようになったのです。
それからバッテリーによって、ヘッドライトをつけ、次にはワイパーを動かすことができるようになりました。
そしてクランクシャフトを最初に回すスターターこれはモーターです。
この電気も供給することができるようになりました。
ボンネットを開けて、エンジンルームをのぞいて見ると、エンジンのそばにベルトが掛かっているのが見えるでしょう。
あのベルトが、エンジンの回転を発電機に伝え、発電機のローターを回転させて、バッテリーを充電しているのです。
ですから、ベルトがゆるむと、十分に充電できず、スターターが回らなくなることがあります。
したがって発電機とモーターの小型化は自動車を一挙に使いやすくしたのです。
これが一九二〇年代のことです。
それまでは、ワイパーを手で動かさなければなりませんでした。
雨の日は右手でハンドルをもち、左手でワイパーを動かさなければならないということになって、大雨の時には止まらざるを得なかったでしょうね。
誰が初めにピストンを動かすかそれから、エンジンを動かすのには何はともあれピストンを往復させなければなりません。
いったん往復運動が始まってしまえば、火花が出せ、混合ガスさえ入ってくれば、エンジンは動きつづけます。
けれども、いちばん初めにいったい誰がピストンを往復させるかということが問題になります。
ピストンを往復させるには、ピストンの下にくっついているクランクシャフトを回すエンジンをかけるためにクランクシャフトを腕で回したことになるのです。
私か子供のときは、バスなどではたいていクランクシャフトを手で回していました。
だから交差点でたまたまエンジンが止まってしまうと、助手がノコノコと降りていって、雨が降ろうと何であろうと、そこでクランクシャフトを手で回さなければなりません。
オートバイでいうとキックしてエンジンをかけるとか、あるいはモーターボート用とか農業機械用のエンジンでは、紐を引っ張ってエンジンをかけるのがありますが、あれと同じことです。
それがスターターという名の小型モーターがクラックシャフトを回すことになりました。
私たちがエンジンのスイッチキイを回してスイッチを入れるのは、スターターを回し、クランクシャフトを回すことなのです。
これで電気回りが車の中に非常に重要な位置を占めるようになったのです。
ここで初めて車は名実ともにようやく大衆のものになってきました。
もっとも、今度はその電気回りがやたらに故障することになるわけですが、それでも、それまでにくらべると車の運転はまるで楽になったのです。
急停止でお尻を振る自動車それでもまだブレーキは不完全です。
私の手元に一九三〇年のフォードA型のハンドブックがあります。
これは整備工用のハンドブック、ないしは素人が少々整備工的な作業でこの車のメンテナンスをする時の説明の本です。
これを見るとフォードA型は、当時まだ油圧ブレーキを使ってはいません。
ロッド、つまり棒を次つぎと動かしてブレーキをかけるシステムになっています。
ハンドルがそうです。
ハンドルを切ると、結局はロットの働きで、棒が次つぎに次の棒を押したり引いたりするかっこうで前輪の向きを変えています。
同じように、ロッドの働きでブレーキドラムにブレーキシューをこすりつけて、その摩擦力で車輪の回転を止めるのです。
これをロッドでやりますから、どうしても、左右の両輪のブレーキシューに働く力が、必ずしも均一になりません。
現在のサイドブレーキがそうです。
あれはロットも使ギアボックスドの働きで前輪が動くツハンドルを切ると口いますがワイヤーも使っています。
こういうサイドブレーキは、機械ブレーキと言います。
つまり、現在のサイドブレーキのシステムが一九三〇年ころの自動車だと四輪全部に使われていたのです。
いまはほんとうにつけたり、ちょっとブレーキがきけばいいというサイドブレーキに機械ブレーキを使っていますが、昔は緊急に止まらなければならないときでも機械ブレーキを使いました。
いま言ったように、両輪に同じ力が加わりにくいから、おそらく急ブレーキをかけたら車はお尻を振ったでしょう。
だから交差点あたりで急ブレーキをかけると、隣の車にお尻をぶつけたりして、騒ぎになったろうと思います。
しかし、その後は大衆車でも、一九三○年代に機械ブレーキは油圧ブレーキにかわっていきます。
油圧ブレーキになって初めて、両輪に均等に力が加わって、自動車はスパ″と止まるようになりました。
部品を一つ改良しただけではだめ自動車を大衆のものにするために、技術者たちは、こんなふうに一つずつクレームを処理していったのですが、最後の決定打は自動車の電化だったのです。
そのほかにも技術者たちは、シリンダーが容易に摩耗しないようにするとか、懸架装置やバルブのバネやロッドドが折れないようにするとか、一つ一ついろいろに改良してきたのです。
ロットがこわれやすい、バネが折れる。
そういう場合にどうしたかというと、これは材質を変えなければならないけれども、もう一つは応力が一部だけに集中しないように、加速度によって生じた応力をうまく分散させるように、逃がすようにするということが大切なのです。
だから一つの部品を改良するだけではだめなのです。
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